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レシプロエンジン(Reciprocating engine)は、往復動機関あるいはピストンエンジン・ピストン機関ともいう熱機関。燃料の燃焼による熱エネルギーを作動流体の圧力としてまず往復運動に変換し、ついで回転運動の力学的エネルギーとして取り出す原動機である。自動車用エンジンとしては最も一般的なもの。ほかに、発電機、航空機などにも用いられる。
歴史垂直の作用詳細は蒸気機関を参照 往復動型の最初の記録はホイヘンスで、1680年に火薬を使って動力を発生させる考えを発表したと伝えられる。ホイヘンスはピストンと真空を熱機関として利用しようとする祖と認められている。ホイヘンスの案はシリンダー(筒)の最下部に燃焼部、最上部にピストンがおかれていた。燃焼部で火薬を燃焼させ、この燃焼により発生した高温の空気が上部の弁から抜けていくだけのものだった。弁は一方通行の不還弁であり、空気が抜けたのちシリンダーが冷えれば内部の圧力が低くなり、当時発見されたばかりの真空の力により最上部のピストンが下降する際に力を及ぼすというものである。当時は火薬の爆発は危険なものとされており、ホイヘンスの考えも真空利用の静粛性が特徴である。当時は内燃と外燃の区別はされず「熱から動力が生み出される」という考えであった。その後、フランスのアッベ・フォートフュイユやイギリスのモアランドらの創案があるが、これらも試作はされていない。 ピストンエンジンはピストン型蒸気機関の祖といわれるドニ・パパンの蒸気機関で実現した。ドニ・パパンはホイヘンスとも親交があり、ホイヘンスの案を試作し検証したものの、当時の技術では火薬の燃焼、ピストンや不還弁の製作は難しかった。そのためパパンは直接火薬を燃やすことではなく、外部で発生させた蒸気によって圧力を高める蒸気機関とした。火薬の燃焼の代わりに蒸気を使う点を除けば、ホイヘンスのものと変わらない。 その後、セイヴァリが英国で特許を取得し、1705年になってニューコメンの改良により実用的な蒸気機関となった。英国では炭鉱の水を抜き取るための排水ポンプ用途に使用された。ニューコメンが最初に機関を発明した時代はバルブの開閉は人手で行われていた。エンジンにおけるバルブの進歩が蒸気機関の普及を促した。ニューコメンの「大気圧機関 (atmospheric engine)」のバルブの改良は、バルブの開閉オペレーターをしていたハンフリー・ポッター (Humphrey Potter) という少年により1713年に自動化の工夫がなされ、1718年にヘンリー・バイトン (Henry Beighton) がさらに工夫を重ねた。ジョン・スミートン (John Smeaton) はさらにさまざまな改良を施し1770年頃まで広く使われていた。これは50年以上もの間改良されながら使われたニューコメン式の蒸気機関だったがジェームズ・ワットがさらに改良を加え1769年に英国で特許を取得した。ここまでの蒸気機関は、往復運動をそのまま利用するものであり、しかもその力は往復以前に往だけの片道通行の利用だった。 回転の作用ピストンの往復の動きを回転運動として利用した最初のエンジンはワットの特許と同年の1769年、フランスでのキュニョーの砲車である。これはピストンロッドの先のクランクにラチェットを用いて回転運動に変換するものだった。次いで 英国でワットの元で働いていたウィリアム・マードックが遊星ギアを利用し回転運動とし蒸気自動車を作成した。この往復運動を回転運動にする特許はマードックではなくワットが取得している。ワットらはクランクシャフトを利用したかったが特許がすでに取得されており、その使用にはワットの蒸気機関の特許との交換条件を持ち出されたために使用しなかった。後年、特許使用可能になったクランクシャフトに乗り換えている。1801年にトレビシックが蒸気自動車を製作し運転した。トレビシックはさらに1804年に世界最初の蒸気機関車を制作し、試運転を行っている。 1820年、イギリスのW・セシルが水素ガスを燃料とした真空利用の大気圧機関を製作し1分間に60回転の動きを実現した。爆発時の騒音が問題となったがこれが世界最古のガス機関として認められている。しかし当時は蒸気機関の実用化の時代となりガスエンジンはその後の研究があまりすすまなかった。イギリスでサミュエル・ブラウンがガス真空機関を1823年に開発に成功。内燃機関だったが、爆発の後に生じる真空によりピストンを引き戻すことにより往復運動をおこなうものであり、トーマス・ニューコメンの蒸気機関そのままの原理であった。1825年には車に載せられ1826年には10.5分の1の勾配をたやすく登った。1827年にはテムズ川で船にエンジンを載せ公式試運転をおこない11km~13kmを記録している。これらの実績によりブラウンは内燃機関の歴史において功績が認められており、また、ブラウンのエンジンは実用になった最初のガス機関と認められている。1833年には、イギリスのW.L.ライトがガス爆発機関の特許を取得している。実際に製作されたかどうかは確認されていないが、後年、ガス爆発機関としてはこの設計は完璧であり製作されていればブラウン以上の能力がだせたと評価されている。ウィリアム・バーネットが1838年に2サイクル圧縮型エンジンと独特の点火コックを開発。イタリアのバルサンチとマテゥチが1855年に世界初のフリー・ピストン・エンジンを創案する。爆発により上方に上がったピストンが重力により自然落下することを利用した。 往復動型内燃機関の実用化フランスでルノアールが1860年ガスエンジンを商用化し、大規模でなければ使えなかった当時の蒸気機関と比べ中規模工場などでも一般に使用されるようになった。1860年が内燃機関の実用化の年とされる。ルノアールは自動車も製作し走行している。またセーヌ川でのモーターボートにも使用された。このエンジンは往復動の内燃機関であるが無圧縮であり通常は内燃機関の祖とは見られず、富塚清は「内燃機関の歴史」で「多少気の毒」と評している。ルノアールのエンジンまではさまざまな案が試されていたがルノアールの成功により明確な目標ができたため、内燃機関の研究が急速にすすむことになった。1862年、フランスのボー・ド・ロシャが、内燃機関としての4サイクルエンジンを提唱した。1867年、ドイツでオットーとランゲンがフリー・ピストン機関を製作する。1873年、アメリカでブレートンが新型を開発。ブレートン機関とよばれる。1876年、オットーが4サイクルエンジンを完成させた。 20世紀レシプロエンジンは航空機の発達と切り離すことは困難である。航空機の性能はエンジンによってほぼ決定されるため各国はより高性能の航空機を作りあげるために高性能なエンジンを必要とした。そのためにエンジンの性能をあげるためのさまざまな研究は第一次世界大戦から第二次世界大戦においてその多くがなされている。 レシプロエンジンの仕組み外燃機関一般に蒸気機関やスターリングエンジンで使われる(詳細はそれぞれの項目を参照)。 蒸気機関では高温の蒸気を駆動に使う。初期はトーマス・ニューコメンが作った大気圧の負圧を利用する方法がある。 当時から高い蒸気圧を利用することは考えられていたが、まだ工作技術が十分でなかった頃はそれに耐えうるボイラーを作ることができなかったため負圧を利用していた。 ニューコメンの蒸気機関は効率が悪かったため、それをジェームズ・ワットが復水器を組み合わせて使うことで効率を上げ、産業革命の原動力となり、石炭を当時の主要なエネルギー源にした。 ワットが老いた頃は工作技術も上がり、高い圧力に耐えられるボイラーやシリンダーが作られる。するとその効率の良さから、負圧を使った蒸気機関ではなく、そちらを用いて蒸気自動車や蒸気機関車が広まった。 また、蒸気圧を高めて使う蒸気機関が現れて間もない頃は、シリンダーが蒸気圧に耐えられず爆発する事故が相次いだ。これを見たスコットランドのロバート・スターリングはより安全な熱機関を作ろうと、スターリングエンジンを作成した。こちらは高出力には向かないが、非常に高い熱効率を持つ。 内燃機関まず、ガソリンやアルコール等の揮発性の高い液体をエンジン内部の燃焼室内に空気と適当な混合比になるように噴霧して、着火してエンジン内で爆発を起こさせる。通常、爆発力は着火場所を中心にして放射状に拡散するが、エンジンという機械はその爆発力を効率良く取り出す必要がある。爆発に十分に耐えられる構造のシリンダー内で起きた爆発力は、逃げ道を探してシリンダー内を行き来するピストンと呼ばれる部品を押す力となる。そこで、放射状に拡散する爆発力が往復運動に変わる。次にコネクティングロッド(コンロッド)とクランクシャフトが連動して往復運動を回転運動に変え、結果エンジンが動力を出力する。 レシプロエンジンの分類気筒配置による分類
カム・バルブ配置による分類空燃比による分類特に空燃比を向上させたガソリンエンジンの場合。()内は空燃比。
補機類
関連項目
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