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メルカバ(英:Merkava、ヘブライ語:
開発経緯1967年の第三次中東戦争と、フランスからの武器供給停止に直面したイスラエルに対し、イギリスはチーフテン戦車を元にした主力戦車の共同開発を申し出、契約が行われた。しかし、1969年からのアラブ諸国からの圧力と、それに伴うイギリスの対中東戦略の見直しにより、この契約はキャンセルされた。 1973年の第四次中東戦争の際には、アメリカ軍の予備役に編入されていた戦車が提供されていた。この戦争において、イスラエルのような小国が、戦闘において過度の死傷者を出すことに耐えられない、という教訓を得た。 以上のような経緯を踏まえ、イスラエルは1970年に独自の主力戦車を開発することを決定。タル将軍が率いる開発チームは、イスラエルの戦場の独自性とこれまでの教訓に基づき、乗員の保護、生存性を重視した戦車の設計を行った。こうしてイスラエル国産戦車「メルカバ」の開発は、イスラエル政府により1977年5月13日に承認された。 メルカバの開発には、建国以来繰り返された対アラブ戦争における膨大な戦車戦のデータと、多くの戦車・軍用車輌の改良・再生で培ったノウハウやインフラが活用されている。特にセンチュリオン(ショット)の改良における実績は大きく、最初のプロトタイプはセンチュリオンを改造して製作され、ホルストマンサスペンションの採用など影響を受けた部分も大きい。 特徴過去の戦訓から、メルカバは乗員の生存性を第一に設計されている。その一例として各国のほとんど全ての戦車がエンジンを後部に配置しているのに対し、メルカバではエンジンが前部に配置されており、被弾時に走行不能になる可能性が上がる代わりに、エンジンを装甲の一部とする事で防御力の向上を図っている。同様の工夫はStrv 103にも見られる。また、車体後尾にはドアが設けられており、車両が行動不能になった場合、乗員はそこから脱出することができる。後部ドアは戦場での砲弾や物資の補給にも有効である。他にも燃料や各種装備など車内のあらゆる物が乗員と弾薬に対する防護として働く様に配置されている。世界で最も重装甲な戦車の一つと考えられており、特に成型炸薬弾に対して高い防御力を持つ。車両底部は1枚の鋼鉄板をV字に曲げた装甲を使い、さらに内部に一枚の装甲が配置された2重底になっており地雷への耐久性を高めている。Mk.3以降は交換・改良の容易な外装式のモジュール装甲を採用している。砲塔後部の荷台下にはRPG等への対策として、先端に重りをつけた鎖を並べて吊り下げる「チェーンカーテン」を装備している。 エンジンは同国でマガフ(M48やM60系列の改良型)やショット(センチュリオンの改良型)などに多用されているコンチネンタルAVDS-1790系ディーゼルエンジンを採用。強固な装甲による車体重量に対してエンジン出力が不足気味であるが、強力なスプリング式サスペンションの装備によって不整地走破能力や乗員の乗り心地を向上させる事で、パワーで遥かに勝るアメリカのM1エイブラムス戦車と同等の機動性を持つとされる。履帯は全金属製で、転輪も当初はゴムタイヤ付きだったがMk.3改良型以降は全金属製転輪が使用されている。ただし発展型のメルカバMk.4では再びゴムタイヤ付きに戻されている。 エンジンの前方配置に加え、操縦席と戦闘室が隔離され、戦闘室床面を砲塔と連動旋回する形態とした結果、車内後部にはかなり広い室内スペースが確保され、乗員のストレス軽減や相互連絡の円滑化、砲弾などの積載能力を高めている。車内には計240リットルの飲料水タンクが設けられており、うち60リットル分は後部ドアの上部パネル内に収められている。 最新のMk.4に至るまで自動装填装置は搭載されておらず、乗員は4人である。前述の様に人的資源の保護を最重視した設計思想と矛盾する様に思えるが、これはタル将軍らの「戦車が戦場で生き残るには最低4人の乗員が必要」という思想を反映した物である。 兵装面の特徴としては、Mk.1/Mk.2では主砲にマガフやショットと同じL7 105mm戦車砲を採用した。1982年の「ガリラヤの平和作戦」においては国産の新型APFSDSのおかげもあってシリアのT-72をほぼ一方的に撃破する戦果を挙げたため、ソ連製のT-54/55、T-62、T-72を撃破するに十分な威力を有する105mm砲に止めて戦車に積める砲弾の数を増やす戦略をとっていたが、Mk.3からはラインメタル 120 mm L44を参考に新規開発した120mm滑腔砲を採用している。 12.7mm M2重機関銃を、主砲上部に露出する形で搭載して同軸機銃としている。これは非装甲・軽装甲目標への攻撃手段のほか、訓練時に主砲の代わりとして利用される。さらに車長用キューポラと装填手用ハッチにも1挺ずつ、合計2挺(Mk.4では装填手用ハッチが塞がれたため1挺のみ)の7.62mm FN MAG機関銃を搭載し、砲塔右側面外部(Mk.2以降は内部)に60mm迫撃砲1門を装備するなど、同時代の他の戦車と比較して近距離における対人戦闘能力の向上に力が入れられている。なお、ショットやマガフにも同様の副兵装とする改修が行われている。 チーフテンの時の様な外国の政治的影響を避けるため、メルカバは部品・技術を極力海外に依存しない開発方針をとっており、MK.1の時点で自給率はコスト比でエンジン・変速機・圧延装甲などを除く70%ほどとなっている(これはそれまで戦車生産の経験の無かった国としては驚異的な数字である)。車体はTel Hashomer戦車工場で生産され、イスラエルの国防産業に携わるいくつかのメーカー(IMI、Elbit、Soltamなど)が部品生産を分担している。なお、Tel Hashomerには、イスラエル屈指の機甲部隊の基地や、軍民共用病院などもある。イスラエルは武器輸出も盛んだが、メルカバは国軍への配備を最優先させており、海外輸出は行われていない。 メルカバの各型メルカバ Mk 1イスラエル北部やゴラン高原の地形に適するよう配慮して開発された。最初のメルカバ戦車は、1979年4月に運用が開始された。 前述の通り、エンジンの前部への配置や後部ドアの設置は、この初期モデルからなされており、メルカバ戦車の特徴となっている。エンジン出力は900馬力、主砲はM60と同じ105mm L7ライフル砲が搭載されている。 初陣は1982年のレバノンに関する軍事行動で、当時ソ連の最新鋭戦車だったシリア軍のT-72を多数撃破して一躍評判となった。その後、サイドスカート等一部装備をMk 2型に換装するアップグレードが行われている。現在は既に第一線を退いている。 メルカバ Mk 2メルカバMk 2の最初の実戦配備は1983年で、市街戦に特に配慮されていた。これはレバノン、特にベイルートにおける1982年の軍事行動の教訓が反映されたものである。 基本コンポーネントはMk 1と同一であるが、砲塔に増加装甲が加えられ、Mk 1では砲塔外部に装備されていた市街戦用の60mm迫撃砲が砲塔に内蔵されて車内から発射可能となった。 Mk 2AMk2の射撃管制装置を更新した物。 Mk 2BサイドスカートがMk.3同様の複合装甲に換装され、熱戦探知装置や敵の照準用赤外線/レーザー光線の探知装置、発煙弾発射器などが追加された。 Mk 2 Dor Daled(ドル・ダレッド)砲塔全周と操縦席前面にモジュール装甲を追加し、大幅に防御力を高めたバージョン。改造は少数に留まっている。IDF内ではMk 2 BATASH(バタシュ)と呼ばれている。 メルカバ Mk 3メルカバMk 2についで、レバノンでの教訓を反映したものとして、1990年から実戦配備された。 車体・砲塔共に新規設計となっており、エンジン出力が1,200馬力に増強され、新しいサスペンションとトランスミッションが採り入れられた。主砲には国産の120mm滑腔砲が採用された。 Mk 3B砲塔上面にモジュール装甲が追加され、トップアタック能力を持つ対戦車兵器への耐久性を高めている。またNBC兵器対策として空調装置が強化されている。 Mk 3 Baz(バズ)1995年に登場したバージョン。火器管制装置が新型の物に換装され、砲塔正面に車長用の旋回式サイトが増設された他、目標の自動追尾機能によりヘリコプターなどの高速移動する目標への砲撃が可能になっている。 Mk 3 Dor Daled(ドル・ダレッド)2000年頃に登場した、砲塔側面に菱形の大型モジュール装甲を装着したバージョン。 砲塔側面および砲塔リング周辺の防御性を高めている。Mk 3/Mk 3Bベースの車体と、Mk 3 BazベースのBaz Dor Daled(バズ・ドル・ダレッド)とが存在する。 メルカバ Mk 4メルカバ Mk 4の写真(1) / 走行中のメルカバ Mk 4の写真(2) 外見上の旧モデルとの最大の相違点は、砲塔の大型化である。旧モデルでは砲塔を小型で避弾経始に優れた形状にし、正面投影面積を小さくする事で被弾に対処していたが、対戦車火器による攻撃を意識したMk 2DやMk 3D Bazの登場と同様に、砲塔の周囲に増加装甲を追加する事により砲塔全周の防護力の強化を行い、砲塔が大型化された。 Mk 4の砲塔には外装式のモジュール装甲方式が採用されており、砲塔本体の周囲に箱型のモジュール装甲が取り付けられている。敵弾による損傷後、被弾した部分だけを比較的短時間で取り換えられる。 さらに、これまで脆弱だった砲塔上面と砲塔リング周りの防護に配慮されており、砲塔の装填手ハッチが廃されている。乗降や砲弾搬入は車体後部ドアで行える。ただし開口部はモジュール装甲の下に用意されており、一部車輌では市街戦用にハッチを復活させている。さらに乗員の生存性を上げるため、戦車に付属している各種部品自体が装甲のバックアップとして働き、主装甲が貫徹されるのを極力防ぐ構造となっている。また、Mk.3B同様、対NBC防護装備を標準装備している。砲弾は耐火性のある容器に収納されている。 120mm滑腔砲とその射撃統制装置はより進化し、国産のレーザー誘導式対戦車ミサイル「LAHAT」により戦車だけでなく対戦車ヘリコプターを撃墜することも考慮されている(シリア軍の装備するSA 342Lガゼルや、Mi-24ハインドなど)。自動装填装置は装備されていないが、砲塔内に10発入りのリボルバー式半自動弾倉を備えており、電動装填装置によって選択された各弾種をすばやく装填手の手元に供給することで、労力を大幅に軽減している。標準搭載弾数は48発であるが、後部兵員室に更に予備弾が搭載できる。 新型の60mm迫撃砲を内蔵できる。車内の据え付け銃と後部ドアは、市街戦で非常に役立つことが立証されたためそのまま装備されている。 エンジンはそれまでのAVDS-1790系に代わり、ドイツMTU社の開発したMTU883水冷ディーゼル・エンジンの米国ライセンス生産品を搭載している。MTU833はレオパルト2やルクレール輸出型にも採用されており、小型軽量高出力で現代最高水準の戦車用ディーゼル・エンジンと言われている。1,500馬力の出力により従来のメルカバに対するパワー不足との評価は完全に払拭され、舗装面では60km/hで走行できる。変速機は電子コントロールで前進5段、ステアリングとブレーキも含まれた独レンク社製RK325オートマティック・トランスミッションが採用されている。パワーパックの小型化によって車体前上面はフラットな形状になり、ドライバーの視界が向上している。走行装置についてはTracks, springs and wheels system : TSAWS、ヘブライ語ではMazkomと呼ばれる新しいキャタピラシステムが採用された。これは軌道を拡げ、路面に与える軌跡や舗装への損傷を最小にするように工夫されている。また機動性はより高くなり、特にゴラン高原のような場所での機動性はそれまでのタイプより格段に向上したため、地形の制限を受けにくくなった。 外部視察と後進走行のためのベクトル社製「タンク・サイト・システム」という画像監視システムが搭載され、操縦手と車長は車体や砲塔に取り付けられた4台の固定TVカメラによる360度全周の映像を自席ディスプレイで見ることができる。この他、Elbit Systems社の戦闘統制システム(Battle Management System)によるネットワークが導入されて作戦中に得た映像や観測データが他の車両と共有できると共に、ベクトップ社製のVDS-60 デジタル・レコーダで記録・再生出来るようになった[1]。 2007年には防護力の強化策として、イスラエル国内のラファエル(Rafael Armament Development Authority)社が開発したばかりの「トロフィー」(Trophy)APS(Active Protection System、アクティブ防護システム)を全てのMk 4に追加装備する事が公表された。これは対戦車ミサイルなどの飛来を4本のフラット・パネル・レーダー・アンテナで全周警戒し、接近探知時には完全自動で発射されるミサイルにより迎撃するシステムである。トロフィーは米陸軍のストライカー装甲車への搭載を前提に試験が行なわれている。[2] 特殊な派生型アル・アクサ・インティファーダ事件(第二次インティファーダ)以降、イスラエル国防軍はメルカバ戦車に更なる市街戦向けの改修を行った。この改修は整備員でも行うことが可能で、もとの戦闘能力には悪影響を及ぼさない。 メルカバ Mk 3 LICメルカバMk 3 LICの写真(1) / メルカバMk 3 LICの写真(2) メルカバ救急型重装甲や後部ドアといった特徴を活かして、後部の乗員室を救命措置ができるように改修している物。激しい砲火の中で負傷兵を担架ごと運び込み、救助を可能にしている。救急型でも標準的な武装は残されており、乗員は戦車砲や機銃で反撃を行うことができる。Tankbulance(救急戦車)の異名を取る。 メルカバを基礎とした装甲車メルカバ装甲回収車メルカバARV(Armored Recovery Vehicle)はメルカバの車体を流用した装甲回収車である。擱座した戦車を回収したり、故障したエンジンを交換したりする際に利用される。ヘブライ語で「虎」を意味するNammerと呼ばれる。 メルカバ型装甲車・歩兵戦闘車装甲車型の写真 Operation Rainbow(en、パレスチナ・ガザ地区における作戦)以降、イスラエル国防軍はこの車輌をM113装甲兵員輸送車やストライカー装甲車(ピラーニャ装甲車の派生型)の代替車輌として推進している。 2005年2月15日にイスラエル・マアリブ紙が伝えたところによると、車内から制御できる重機関銃を備えたプロトタイプがギヴァティ旅団(Givati Brigade)により試験された、また呼び名をNemmeraからNammerに変更する、としている。 車長、操縦手、予備乗員の3名に加え、8人の歩兵が搭乗可能。長期の作戦に対応して車内にトイレが装備されている。 退役したMk.1の車体を流用して改造する事を前提にしているが、一輌当たりの改造費用は7万5千ドルと言われており、T-54/55をベースにした安価なアチザリットの成功もあって試作車のみに留まっていたが、2008年にはメルカバMk.4の車体をベースに、トロフィーAPSを装備するなど防御力を向上させた改良型が登場している。 総合的な注釈全体として、メルカバ計画は、イスラエルの国情・軍事的様相・経済的様相の全ての観点から成功を収めたと考えられている。 他の戦車と同様、メルカバ戦車も地雷や遠隔制御爆弾に対しては脆弱である。ただし、それらで損傷しても早急に復帰できるようにする意味もあって古典的なホルストマン・サスペンションを元にした、交換しやすいサスペンションが採用されている。パレスチナ・ガザ地区での軍事行動では、パレスチナ側の設置した地雷により2台のメルカバが行動不能となった。この2台は回収・修理され、後に作戦行動に戻された。 1990年代以降のヒズボラとの戦闘では、一部のメルカバがイランからヒズボラに供与されたロシア製の9M131メティスMやRPG-29により破壊されたと一部のメディアが報じており、その対策としてMk.2D/Mk.3Dの増加装甲パッケージが開発されたと言われている。しかし、2006年のヒズボラとの戦闘でも、Metis-M(AT-13)やKornet(AT-14)などのロシアの最新型対戦車ミサイルにより、投入されたMkII~IV350~400両の内、52両が損傷し、22両は装甲が貫通され、5両は再生不能まで大破したと伝えられている[3]。 生存性を重視した設計が謳われているメルカバであるが、その最大の防御は「敵戦車の砲撃そのものを避ける為にその射程外からの正確な遠距離射撃によって先制撃破する」という戦術である。初陣におけるT-72に対する勝利も、地の利を生かした3,000~4,000mという遠距離での射撃による物で、高精度の主砲と射撃管制装置に加え、イスラエル戦車兵とシリア戦車兵との射撃戦における練度の差、イスラエルが他国に先駆けて開発したタングステン合金単体弾頭のAPFSDS弾M-111の貫通力などに負う所が大きい。その後もメルカバの開発・アップグレードにおいて、射撃管制装置の能力向上は重要な要素のひとつとなっており、Mk.3においては、車輌コストの実に3割を射撃管制装置関係が占めている。 関連項目参考書籍・出典
外部リンク(すべて英語)
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