セゲド

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セゲド
ハンガリーの旗
Szeged
位置
セゲドの位置の位置図
セゲドの位置
座標: 46°15′N, 20°10′E
行政
ハンガリー
 県 チョングラード県
セゲド
ハンガリーの旗
Szeged
市長 Botka László
地理
面積  
  域 280.84 km2
人口動態
人口 (2008年現在)
  市域 167,039 人
    人口密度   594 人/km2
その他
等時帯 CET (UTC+1)
  夏時間 CEST (UTC+2)
公式ウェブサイト: [1]

セゲドハンガリー語:Szegedブルガリア語Сегетクロアチア語Segedinドイツ語Szegedin/Segedinラテン語Partiscumルーマニア語Seghedinセルビア語Сегедин, Segedinスロバキア語Segedínトルコ語Segedin)は、ハンガリー南部に位置する都市チョングラード県の県都。セルビア・モンテネグロルーマニアの国境に近い。

目次

地勢・産業

ティサ川沿いに位置する。ティサ川は、肥沃な土をもたらすという点ではセゲドに大きな恵みをもたらし、現在でもパプリカの生産地として有名である。しかし、その一方でティサ川の洪水はセゲドに何度も被害を与えた。とりわけ、1879年の洪水では壊滅的な打撃を受けている。温泉地としても知られ、多くの保養客が訪れる。

近隣の都市としては、約40キロ南西のスボティツァセルビアヴォイヴォディナ自治区)、80キロ北西のケチケメートなどが挙げられる。

歴史

古代ローマ帝国の時代に建てられた都市がセゲドの起源である。セゲドという名称は、12世紀末のハンガリー王ベーラ3世の時代よりあらわれ、中世における商業ネットワークにおいての交易地などとして重要な役割を果たした。16世紀から17世紀にかけてはオスマン帝国の支配下に入った。その後、ハプスブルク家の支配下に入った。1879年の大洪水で壊滅的な打撃を受けたが、ヨーロッパ諸国の援助によって復興を果たした。第一次世界大戦直後、一時的にクン・ベーラによってソヴィエト政権が成立するが、それを鎮圧したホルティ・ミクローシュはこの都市に拠点を置いた。

文化

街のシンボルともいえる大聖堂(誓約教会)には、一万本のパイプを用いた、ヨーロッパで第二の規模のパイプオルガンが置かれている。(最大のものはミラノの大聖堂。)

セゲド出身の人物

姉妹都市

ギャラリー

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

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