|
Article on other languages:
|
ステーションワゴン (station wagon) は自動車のスタイルの呼称である。 いわゆる2ボックスの形状で前部のエンジンフード、後部に室内スペース部分のある形状。以前は荷室にジャンプシートを持つものも多かった。単にワゴン (wagon) と称する場合もある。
概要ハッチバックとの区別をするとすれば、後輪の車軸から荷物室後端までの距離が長いものがステーションワゴンである。また、車検証での車体の形状での表記の一つとしてもあり、イプサム等のミニバンも車検記載上はステーションワゴンと扱われる。 他にはセダン、クーペ、ミニバンなどがステーションワゴン以外のスタイルの名称となる。 車高や全長はセダンと同程度で、後部座席の後ろは荷物室となっており、後部座席をたたむと更に大きな荷物を載せることができる。このため、日本で利用されている従来のステーションワゴンは荷物を載せて運ぶことに主眼を置いているものが多かった。 しかし後述するステーションワゴンブームや、RVブームなどにより、趣味的な利用が提案されたことで、居住性やドライビィングフィールを十分に保持したステーションワゴンが登場した。現在のこれらの車種は、ある程度の積載量を確保したうえで、非常に使い勝手の良いものとなっている。 走行性能、居住性、積載能力、駐車場での取り回し、燃費などについて、高い領域でのバランスを持ち特に都心部ではもっとも、高い実用性を持つものの、セダン、ハッチバック、クーペ、ミニバンと比べ特質した点がなく決め手に欠けるのも事実である。1990年代半ば以降、乗用車としてのステーションワゴンの人気・需要は、クロスオーバーと呼ばれるSUVに転じている。 ステーションワゴンの歴史米国における歴史最初のステーションワゴンは列車での旅行の時代の製品だった。それは『デポハック(depot hacks)』と呼ばれた。デポとは鉄道の駅の意で、ハックとはハックニーキャリッジ(hackney carriage)(英国が支配していた時代のタクシーの呼び名)のことである。 また「キャリーオール(carryalls)」(「全部(なんでも)運べる」)とも「サバーバン(suburbans)」(「郊外」)とも呼ばれていた。「ステーションワゴン」は「デポハック」と同意で、それは「ワゴン(wagon)」、つまり人と荷物を載せる車で、かつ、そのワゴンは、列車が駅(ステーション)についたときに、列車から降りてきた人とその荷物を受け取って載せ、近所の最終目的地まで連れて行く役割をしていたことからステーションワゴンと呼ばれた。 初期のステーションワゴンは、トラックの進化だった。そのため商用車とされていた。それは一般消費者向けとは思われていなかった。初期のステーションワゴンのフレームは全部覆われてはいなかった。商用だったからだ。初期のステーションワゴンでは屋根は固定屋根だったが、ガラスはなく、乗客部分だけを覆っているものだった。ガラスの代わりにキャンバス地のサイドカーテンを開け閉めして使っていた。悪天候の際にはもっと堅いカーテンをスナップでとりつけて使っていた。 1910年代にはフォードT型のステーションワゴン(6人乗車)が製作されたが、これはまだデポハックとも呼ばれていた。木製ボディは手で磨いて仕上げられており、一般にはウッディ(Woody)と呼ばれて親しまれた。屋根はあったが側面は全開放されていた。後部座席をはずすとトラック状となった。 1922年、ハドソンの低価格ブランド用子会社エセックスがお買い得の全天候型の自動車を世に出した。これが米国自動車産業がオープン型車両から消費者の求める覆われた(エンクローズ)自動車に向かうきっかけになった。特に上流階級向けの高額モデルを作っていた自動車会社ではステーションワゴンもエンクローズタイプとなっていく。この時代のガラス窓は、リトラクタブル型やスライド式だった。 当初、ワゴンメーカーの乗客コンパートメントはカスタムボディビルダーにアウトソースされていた。木製ボディの製作には時間がかかったからだ。木製ボディの製造メーカーとして、ミッチェル・ベントレー(Mitchell Bentley)、USB&F、キャントレル(Cantrell)などがあった。木製ワゴンの屋根は通常ストレッチト・キャンバス(stretched canvas)と呼ばれるキャンバス地を張ったものに防水加工をしたものだった。 時が経つにしたがい自動車メーカー自身がステーションワゴンを製作するようになる。デュラント・モーターズのブランドであったスターから発売されたものが最初の自社生産ステーションワゴンとされている。1923年のことだった。 フォードは、ステーションワゴンの最大手であり、自身で広葉樹林とその製材所を抱えていた。1929年にはA型のワゴンに使うコンポーネントのサプライを開始。このモデルでは最終工程はまだ社外への委託作業だった。 ダッジも1929年にはスタンダードシックス6気筒エンジン車をベースとしたステーションワゴンモデルを生産している。乗客6人乗りで客室の窓は下に落とし込むタイプで片側に3枚ずつついていた。 ステーションワゴンの始まりは商用だったので、1930年半ばまでは木製ボディであり、これらはウッディ(Woodies)とよばれて親しまれていた。 また、乗用車の乗客のコンパートメントのフレーム(車体枠)には広葉樹から切り出された堅木(hardwoods)が使われていた。通常の乗用車ではフレーム(車体枠)は鉄で覆われており、ラッカー(米国のラッカーは自動車塗料の意)で色をつけられ保護されていた。最終的にステーション・ワゴンも、オールスチールボディが適用された。それは強度とコストと耐久性に優れていたためだった。 しかし、次第に社会的に高級なものとして認められるようになってくる。車両価格は一般的な車よりも高めに設定されたが、富裕層には人気を得ていた。米国のカントリークラブでの社交用品のひとつでもあった。紳士らしさを強調するための、ハードウッド(広葉樹木材)のボディの使い勝手がビュイック、パッカード、ピアース=アローなどの高級車メーカーに好んで使用された。 名声とは関係なく、ウッディ・ワゴンには常時メンテナンスが欠かせない。ボディはニス仕上げなので、使用中にも一定期間で塗りなおしが必要となる。木は季節によって膨張・縮小するためネジの締めなおしも必要である。 名称の変化
オールスチール製ワゴン第二次世界大戦が終わり、1942年時点の生産治具を使い自動車生産が再開された。大戦期間中に生産技術はかなりの進歩をとげていたため、大戦後の新デザインではステーションワゴンもオールスチール(全鉄)製が普通になった。 北米でのオールスチール製ステーションワゴンはウィリス=オーバーランドの1946年式ジープ・ステーションワゴンだ。これは大戦中に戦争遂行のために作られた頑丈なジープベースのもの。このウィリス車は2ドアモデルで、プレミアム・トリム・パッケージではパッセンジャー・コンパートメント外側がウッディ時代のワゴンを彷彿とさせる軽量フレーム/暗色系パネルのデザインとなっていた。 1949年、プリムスが自社初オールスチール製ステーションワゴンの2ドア車プリムス・サバーバンを発売。これは民生用自動車ベースである。1950年にはプリムスのラインからはウッディ型がはずされ、すべてがオールスチール製ボディとなる。シボレー・サバーバンも非常に似た仕様だった。ビュイックは最後までステーションワゴンの木製構造にこだわったメーカーだったが、それでも1953年が最後の年となった。 フォードとマーキュリーは1955年まで見た目は木製タイプのようなモデルを提供している。しかしその見た目を形作っていたものは鉄、プラスチックなどの素材だった。3M社開発のダイノック(DiNoc)などの高分子化合物も使われていた。フォード・カントリースクエアという名前で知られているフルサイズワゴンは1949年に登場し1990年代初頭までフォード社の主力製品の一角を占めていた。 1966年に、米国で再び木製装飾がなされたステーションワゴンがダッジから登場する。その外観は15年間変わらなかった。1967年からはこの木製風装飾は最高級モデルに限定して使われたが、これは飾りのないモデルは安価であることをあらわし、そうでないものはステータスをあらわすことを意味していた。 米国では都市郊外に形成された地域コミュニティで、「その年に発売された」ウッディタイプ(木製装飾)ステーションワゴンを所有していることが富の象徴でもありまた所有者の趣味のよさを示すものと受け取られていた。しかし、1980年から1990年初頭にかけて、これら「フェイク・ウッド("fake wood")」とよばれた木製風スタイルは、古臭いものとされるようになり、メーカーは製品ラインから外すようになった。その後、PTクルーザーがレトロスタイルで登場したことがきっかけとなり、アフターマーケット・アクセサリーメーカーがノスタルジアを感じさせるウッディキット(faux woodie kits)を売り出すようになった。 ステーションワゴンは米国では1950年代から1970年代にかけて大人気となり生産高においても最高の時代を謳歌(おうか)した。1950年代から1960年代半ばには、通常モデルの2ドアモデル4ドアモデルから当時流行したBピラーなしのハードトップモデルまでさまざまなボディスタイルのものが作られた。AMCのランブラーがハードトップのステーションワゴンを1956年式から世に出し、つづいて1957年式でマーキュリー、オールズモビル、ビュイックから、1960年式ではクライスラーからも発売された。ハードトップステーションワゴンは製造コストもかかり高価だったので販売数は多くはなかった。GMは1959年式で、AMCは1960年式、フォードも1961年式ではラインナップからはずしてしまった。クライスラーとダッジが1964年式まで販売していた。 フルサイズワゴン米国ではフルサイズのステーションワゴンは6人から9人乗車であることが通常とされてきた。6人乗車の基本仕様は3人がフロントシート、もう3人がリアシートに座るというもので、シートはどちらもベンチ型のシートである。9人乗車には、ベンチ型シートをもう一つ三列目のシートとして追加した。三列目シートは後ろ向きにレイアウトされることも多かった。この三列目シートはリアの荷物置き(リアカーゴ)の後輪車軸上に位置することなった。フォードは、それぞれのシートに2人分追加して10人乗車としたが、かなり狭かったため後のモデルでは1人分追加の8人乗車仕様とされた。 新しいモデルになるに従い、より小型のプラットフォームで作られるようになったため、5人乗車または6人乗車となる。(フロントシートがバケット型かベンチ型かによる。) 車の大きさと安全性の観点から、乗用車ベースで製作するステーションワゴンではリアカーゴ部分にシートを設けることが禁止された。例外は、フォード・トーラスとマーキュリー・ステーブルで、これらには、小型のジャンプシート(折りたたみ式シート)が子供二人用として装備されていた。シボレー・サバーバン、フォード・エクスペディションといったフルサイズSUVではフロントシートもベンチ式とした9人乗車仕様など上記フルサイズステーションワゴンと同機能を備えている。また、米国では日本と同様、SUVも車両登録上『ステーションワゴン』とされており、カテゴリーとしてもSUVはステーションワゴンとすべきと主張する人も多くいる。 2ドアワゴン車1955年、1956年、1957年として、シボレーはシボレー・ノマド、姉妹車ポンティアック・サファリがスポーティ2ドアワゴンとして発売された。米国での家庭用としての売れ行きは思わしくなく3年で終了した。その車名は1958年にピラー付4ドアワゴンモデルに使われている。シボレーはノマド名は1961年式で終了。ポンティアックは1980年までサファリ名を使った。マーキュリーでは1957年から1960年にかけて2ドアハードトップワゴンを生産した。1961年にはこのユニークなモデルを終了、ピラー付モデルのみとなった。(米国ではステーションワゴンとワゴンは同じ意味で使われる。ワゴンは荷物を載せるものでトラックと同じ意味をもつ。)
AMC ペーサー ワゴン
1970年代は米国で2ドアワゴンのピークだった。多くのメーカーが小型車ラインでの作成を始めた。1972年から1980年にはフォード・ピント、マーキュリー・ボブキャットが発売される。1971年から1977年にはシボレー・ベガの2ドアワゴンモデル。ポンティアック・アストルでも同様モデルを1973年から1977年に発売した。AMCもペーサーのワゴンモデルで市場に参入し1977年から1980年まで発売した。 米国ではセダン・デリバリーまたはデリバリーと呼ばれる2ドアステーションワゴンがある。通常リア部分は窓はなくパネルで覆われている。これは米国では1970年代から製造されているもので、ベガとピントでパネルタイプが提供されたことに始まる。 現状米国において、ステーションワゴンは一般に「スタイリッシュ」とは対極の存在として認識されていた。1990年代半ば以降、日米のメーカーからクロスオーバーと呼ばれるSUVが次々と紹介されるにつれ、消費者の需要は急速にステーションワゴンから離れていった。フォード・トーラス、ホンダ・アコード、トヨタ・カムリといったベストセラー車のステーションワゴンが何れも1990年代に廃止となったほか、メルセデスベンツ・Cクラスのステーションワゴンも2005年までにはアメリカ市場から撤退した。 欧州における歴史フォルクスワーゲンは1950年に発売開始したVWトランスポルター(Transporter)で人と荷物を載せるコンビ(Kombi)タイプを発売している。以来「コンビ」という名称はステーションワゴンをあらわすものとして使用される。日本でボルボのエステートで知られるモデルもスウェーデンではコンビとしてカテゴリーされ呼ばれている。1953年にオペルは、レコルト・オリンピアを発売。後にステーションワゴンというカテゴリーで呼ばれることになる。スウェーデンのサーブ95が1959年から1978年まで発売された。2ドアファストバックサルーンをベースとしたエステートである。1977年にはアウディ・100Avant、1978年にはメルセデス・ベンツ 300TD/240TDというステーションワゴンが発売されている。 長期休暇に自動車を使っての旅行をする機会も多い欧州では、セダンに近い使い勝手を持ちながら積載性に優るステーションワゴンは重用された。欧州メーカーはセダンの各車種にステーションワゴンのラインナップを加えている場合も多い。1990年代後半からは、アメリカからのクロスオーバーSUVへの需要の移行が欧州でも顕著になった。現在では、多くのメーカーがクロスオーバーをラインナップし、本来アメリカ市場に向けて企画されたモデルが欧州でも意外な好評を得るという現象もみられている。 英国では中小型のエステートカーが一般的で、モーリス・1000(モーリスマイナー)やMiniのエステートモデルがその中心である。モーリス1000にはアッシュウッドフレームタイプもあった。両モデルともオプションで両開き型のバンタイプのリアドアにでき、昔ながらのシューティングブレークスタイルにすることができた。ヒルマン・インプのエステートモデルヒルマン・ハスキーはリアエンジンのエステートで珍しいタイプだった。 西欧の2ドアエステートとしてフォード・エスコート、モーリス・1100、ボクソール・ビバ、ボクソールシベット、フィアット・127がある。 日本におけるステーションワゴンのブームから現在まで
トヨタ・アベンシスワゴン
自動車産業の立ち上がりから、バブル後期まで、日本では貨物自動車であるライトバンと共用のボディで作られることが多く、その目的も貨物車の1年車検を避ける目的のものが主であった。 1989年10月にレガシィツーリングワゴンにGTが追加されることで、高機能・性能車という認識が芽生え、日本にステーションワゴンブームが到来する。各社はこれに追従する形でステーションワゴンを「洒落たレジャーヴィークル」へと脱皮をはかった。 バブル期のRVブームを頂点に車種別シェアとして一時20%後半まで増加し、この時期はほとんどの日本メーカーがステーションワゴンを発売していたが、バブル崩壊後のレジャー需要の低迷、ミニバンやクロスオーバーSUV、コンパクトカーなどへの人気のシフトにより、現在の販売シェアは10%前半まで落ち込み、モデル廃止される車種もある。 また、1500cc以上1800cc以下のクラスは、近年の大型化の傾向での3ナンバー化を避ける事が多い。これは日本国内での5ナンバーサイズが根強い他、有料道路の料金が高くなるデメリットがあるため、車体を共有するライトバンの1ナンバー化により避けるためでもある。 その他の呼称ステーションワゴンあるいはワゴンは、主にアメリカ合衆国、イギリス文化圏ではエステート (estate) 、フランスではブレーク (breakまたはbrake) 、ファミリアール、の呼称が主に使用されている。 またメーカーによっても異なり、独自の呼称を使用しているところもある。以下に一例を示す。
シューティングブレーク(shooting-brake) と言う呼称も存在する。これはイギリスにおいて、貴族が狩猟のために猟犬と道具を載せる目的で、高級スポーツカーやGTカーを改造してワゴン並みの荷室を与えた車のことを指す。アストンマーチンのDB4~6やジャガー・XJ-Sなどの例があり、あえて2ドアをベースとするところが「粋」とされる。(2005年の東京モーターショーでアウディがシューティングブレークの名を持つコンセプトカーを出展している) ステーションワゴン一覧(現行車種 2008年10月現在)日本車
輸入車(日本)
関連項目 |
This article is from Wikipedia. All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.